『没後50年 藤田嗣治展』   2018.11.10

7日が「立冬」で暦の上では冬が始まったわけですが、温かい日が続いていますね
皆さま、こんにちは (^-^)

☆さて、
1886年陸軍軍医の次男として生まれた藤田嗣治が1968年にヨーロッパで没してから 今年で50年目を迎えるということで、
上野に続いて京都国立近代美術館で開催中の『没後50年 藤田嗣治展』に昨日、行ってまいりました。

藤田嗣治の生涯をたどっていく構成になっています。

☆おかっぱ頭に丸めがね、ちょび髭に金のピアスという自画像や
背景に銀箔が使われている作品はこれだけという『エミリー・クレイン=シャドボーンの肖像』など、
今回も奈良のF子さんとご一緒に、一点一点を時間をかけてまわりました。
 
☆私が一番印象に残った作品は、陸軍作戦記録画とされた『アッツ島玉砕』です。
敵味方の区別もつきかねる茶色で塗りかためられた絵をじっくり見ていますと、
銃剣を持つ日本兵やピストルを手にする米兵らの姿が浮き上がってきて、凄惨さがひしひしと伝わってきます。

F子さんによりますと、
このアッツ島での全滅を大本営(日本軍の最高統帥機関)が発表する際に
「玉砕(玉が弾けるごとき潔い死)」という言葉を使った最初だったとのこと!
毎度のことながら、F子さんの博識につくづく感心します

☆こうした戦争画を描いたことで戦後、藤田は軍部に加担したと誹謗中傷される中
1949年に米国経由で渡仏して 1955年にはフランス国籍を取得、
さらに1959年にはカトリックの洗礼を受けて
日本人「藤田嗣治」ではなく、フランス人「レオナール・フジタ」としてかの地で亡くなりました。
亡くなるまでの約10年間、宗教画を中心に制作を続けていたそうです。

彼への誹謗中傷がなかったら日本国籍を捨てなかったのではと思うと……ちょっと残念ですね。

皆さまも京都にお出ましの際は、ぜひ覗いてみてください (*^o^)/\(^-^*)
会期は12月16日(日)までとなっています。






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